主婦の思考のたれながし

23歳の専業主婦です。言葉が溢れた時にここに吐き出します。

願い事。死にゆく人を見送る本を読んで

もしも、神様にひとつだけ願いを叶えてもらえるとしたら、
いろいろ考えるけど、私はたぶんこういうお願いをします。
「どうか、私の夫を天に召す時、私の目の前でゆるやかに穏やかに死なせてください。私は彼を看取りたいのです。」

新婚早々、考えることではないかもしれないけれど
私は、いつか来るその日を覚悟しておきたいのだ。

父は突然に逝ってしまった。
私も母も立ち会うことができなかった。

それが私には少しコンプレックスなのだと思う。


死に方は選べないけれど、祈る価値はあるだろう。


年上の夫を選んで結婚したのは私だ。
この人が私より先に死ぬだろうことはわかっているし、仕方ないことだと思う。
いつか必ず人は死ぬのだし。


覚悟はしている。
だから、でも、ちょっとくらい注文をつけさせていただきたい。

看取りたい!!!!!


夫を看取れた妻さんは幸せだったろうなと思う。


今、とても清々しく生きている夫なので、死ぬ時も清々しくいってほしい。


私はあなたを、愛と感謝で包んで、清々しく送り出したい。


そんなことを、本を読んで(まだ途中)思った。

すごい人だなぁとしみじみ思った。

結婚が決まって、私は名前も変わって今までと違う町に住むことになった。知らない町の知らない家で暮らすことになった。

なんだか、人生激変だなぁと思ったら

すこし心細くなってしまった。

 

その時、わたしはいろんな変化の影響を受けるのはわたしばっかりじゃないかって思っていた。

 

 

でも、そんなことはないんだなぁと気が付いた。

彼の人生だって大きく変わっている。

ずっと一人で生きてきてこれからもそうするつもりだった人生にわたしを受け入れてくれた。

自分だけのお城だったお家に他人を受け入れて家の中を変えて行くことを決めてくれた。

 

 

それは、ものすごいことだ。

今までとは違う新しい人生が突然現れて、飛び込める大人はなかなか少ないと思う。それができる彼は本当にすごい。

 

彼と同じ年齢になった時、わたしは自分の人生をここまで変える選択ができるかな?今は若くて良くも悪くも向こう見ずで、自分の可能性を思い切り信じて生きられるけど、年齢を重ねてもそうあれるだろうか。すごく、難しいんじゃないかなって思うよ。

だから、彼のことを素直にすごいと思うしかっこいいなぁと改めて思う。

 

 

お互い、人生変えようって決めて、一緒にいるんだなぁ。

なーんだ、心細くなかった。

 

 

一人で変わって行くのだと思っていた時は、一歩前が暗くてこわいような気がしていたけど、

二人で歩くなら、この人となら、一寸先が闇だろうがなんだろうが、

 

石を削ってサラダ油を溜めてネアンデルタール人式のランプを作って、ティッシュをよじって作った灯芯に火を灯して明るくできる。

うん、大丈夫だね。

 

 

なんかあった時に安心して背中を任せられる最高の旦那さんである。

 

わたしはこの人の背中を預かるために、小銃みたいに太ごぼうを構えてささがきごぼうの弾をぶっ放そうと思う。

 

 

という訳で、

馬鹿みたいに見事にコケて、見事に捻挫して、見事に歩けなくなっている馬鹿ことプレ花嫁(?)であるわたしをよろしくね、かなめさん。

 

 

本が読めるなんてすばらしい!

最近、本当に最近になって、本が読めるようになってきた。

 

いや、本とか普通に読めるでしょ?って思うかもしれないけど

病気は本すら読めなくしてくれる。

一冊の本を集中して内容を理解する体力と気力を奪い去ってくれる。

知らない言葉で書かれた本なんじゃないかと思うくらい内容が理解できないし読み進められないのだ。

 

 

学生の身としては、本を読めないのは致命的で、大変苦しめられた。

レポートを書くにも研究発表の資料を作るにも参考文献を読み込まなきゃいけないのに本が読めない。

必死でなんとか一冊読み込んでも、他の人の2倍も3倍も時間がかかってる。

 

 

昔から本が大好きで、いついかなるときも本を抱え込んで歩いているような子だったのに。

旅行に行く時に一番時間をかけて選ぶのはお供の本だった。

ばかみたいに分厚い本をスーツケースに紛れ込ませたせいで怒られたこともある。

 

 

そんなわけで、本が読めないショックは大きかった。

 

文字も少ないし絵で内容がなんとなくわかる漫画とか絵本が私の読める限界の本だった。

 

 

というか、病気のきつい時は、テレビを見るのさえしんどかったので

本なんか読めるわけがなかった。

 

 

しんどかったなぁ。

読みたくて苦しいし、思うように読めなくて苦しいし。

なまけてるって思われてるんだろうなぁと思ってしまって、勝手に追い詰められて。

 

 

調子がいい時に、ほんの数ページ本が読めるだけで嬉しかった。

病気になる前はそんなの当たり前のことだったのに。

 

 

だから、本が読めるようになってきて、楽しくて仕方ない。

大学の図書館にあふれる面白そうな本にやっとありつけるから。

本の背表紙を見て面白そうだなぁってわくわくする気持ちがやっと帰ってきた。

 

 

なんて、ありがたいことだろう。

たったこれだけのことなのに。

 

 

本が読めるだけで世界が素敵だ。

だって、知らないことがたくさんあることを知ることができる。

すこしだけ遠くの世界に入り込める。

 

 

また、本が読めるようになってよかった。

プロポーズの話

プロポーズって、男性が跪いて指輪ぱかーするものっていうイメージがあった。

 

最近も芸能人がそんな感じで結婚しましたよね。

 

 

 

私も、いつかはそうやってプロポーズされるものなのかなぁって思っていた。

 

幸いなことに、彼がそのうちプロポーズをしようと考えているだろうとはわかっていた。

 

 

 

でも、なんか、ここで、

私の中の田舎のヤンキーが顔を出す。

 

 

『思い立ったが吉日。』

『勝負は、"先手必勝"これに限る。』

 

ということで、

 

 

思い立った勢いで、私からプロポーズしてしまった。

いわゆる逆プロポーズというやつ。

 

 

なかなか、楽しかった。

世の中の男性はこんな緊張することをやってのけてんのかすごいなーって思いながら、お花を買って帰った。

緊張のあまりお花屋さんでは、軍隊の上官の質問に答えてる兵みたいな態度だった。

 

 

そんなに緊張していたはずだったのだが、夕飯を食べ終わったら途端に眠くなってしまい

会社の人とごはんを食べに行っていた彼が帰ってくるまでうとうと寝てしまった。

 

 

ばしっと膝をついて花を差し出す構想だったのだが、

眠すぎてまったく頭が回らなくて、

帰宅した彼に、机の上にある花は一体何なのと訊かれてやっと

 

「あ、プロポーズするんだったわ!」

と思って、

 

バラを差し出して、

「結婚してください」と言った。

かっこよく膝をつくはずが、上手くできなくて両膝ついて座ってた。

なにしろ、身体がふにゃふにゃするくらい寝起きで眠かったのだ。

 

「いいですよ」って言ってもらえて、「あーよかった」と思った。

 

 

「突然どうしたの?僕だってそのうちプロポーズするつもりだったので先を越されてしまったのですが」

という旨のことを尋ねられたので、

「勝負は先手必勝に限りますので」

というようなことを答えたら

 

「なにその、ヤカラみたいな発想!?」

と、驚かれました。

 

 

私も、びっくりです。

自分にこんなにも田舎のヤンキーの血が流れていたとは……

 

 

発想がヤンキーだし、眠いし、ふつうの部屋だし、BGMはしゃべくり7だったのでロマンチックのロの字もなかったけど

私のプロポーズは成功したようです。

 

 

女の子からプロポーズするのも、なかなかいいものです。

ゼクシィをそっと部屋に置いておくより、花をすぱーんと買ってきてすぱーんとプロポーズしてしまうと気がラクですよ。

 

うじうじプロポーズされるの待っているの大変じゃないですか。

とりあえず、私は待ってるのも面倒だしすぱーんといってしまおうと思ったのでやってしまいました。

 

女はプロポーズされるもの、とか誰が決めたんですか?

したいなら、すればいいのです。

 

って思ったんだ。夜露死苦

 

結婚式という妄想。

せっかくなので、ここらで結婚式について妄想しておこうと思った。

 

結婚という話題になると必ず結婚式の話もするし、よく考える必要があるなと思った。

 

 

ところが、いざ考え始めると

妄想をぶち壊す方向に進んだので妄想はちっとも楽しめなかった。

 

 

友達の結婚式に呼ばれる度に自分の結婚式の妄想をしていた。

こういう式にして、どんな衣装を着て、誰々を呼んでという具合に。

 

 

ところがどっこい、結婚が現実味を帯びてくると、なんか"ゼクシィ的価値観"に漠然とした違和感が湧いてきた。

というか、ゼクシィをきちんと読んでみたら違和感かな。

 

 

というわけで、

この機会に結婚について勉強しようと思い、図書館で結婚というワードに引っかかる書物を借りてきて、読み漁っている。

(私は本から知識を取り入れることを信頼しているのでたまにこういうことをする。)

 

 

はい。

とりあえず手始めにと読んだ、

『結婚の条件』と『結婚の才能』

同じ著者の本なのだが、見事に違和感を言葉にしてくれた。

 

その部分をざっくりまとめると、

多くの女子大生にとって、結婚とは結婚式のことである。

結婚式というショーをすることが結婚のゴールになっている。

それは、なんか違うくない?(結婚式のあとに続く日常生活が結婚なんだけどなぁ…)

 

娘は母親の願望が心の中に住み着いていて、それがあたかも自分の願望のようになっている。

周りのみんな(何人か)がこうしてるから私もこうするのがいいって思いがち。

 

 

みたいな感じ。

 

なるほど。

それな!!!!!!ってなった。

 

 

結婚式って、外箱の部分というか、あくまで通過儀礼だなぁと思った。

確かに、その後の生活の方が比重としては大事だと思う。私はね。

結婚式はしたいけど、ショーはしたくないなぁ…と思った。

 

後ね、結婚するってなったら、親とかがこんな結婚式が理想みたいなことを確実に言ってくると思うんですよ。確実に。

 

でもね、私は親の願望を叶えるためのお人形じゃない!!と反抗期の子供みたいなことを思いまして、自分の望むようにしたいなぁと思うのです。

 

 

一生に一度(予定)のことなのだから、内在化された他者(親、友人)の意思ではなく、自分の意思で決めたいなぁ…なんて、思うのです。

 

 

わがままっぽいけど、

周りが右を向けと言ったら右を向くんじゃなくて、

「右を向け」と言ってるのは誰なのか、右には何があるのかを考えて、どっちを向くかを決められる人に私はなりたいのです。

 

LINEより電話より何かを教えること

彼はいろんなことをわたしに教えてくれる。

コメの脱穀の仕方に始まり、UMAのこと、古事記のこと、オナホの構造、神棚の作り方……と数え上げればきりがない。

 

この間煮物の作り方を教わったので今日は煮物を作った。

 

野菜の皮の剥き方も味付けも落し蓋の作り方だって彼が教えてくれた。

 

 

彼にいろんなことを教わってしまったせい…いや、おかげで、わたしはあらゆるものを見る度に彼のことを思い出せる。

 

日常や心のあちこちにかなめさんが刺さっている。

 

 

 

ひっきりなしにLINEや電話をするより、コメの脱穀の話をする方がずっと相手に忘れられずに済むみたいだ。

だって、コメを食べる度に思い出す羽目になるから。

 

かなめさんにフラれたとしても、コメを食べずに生きて行くのはムリだもの。

 

糖質制限ダイエットをしていたって、煮物や魚で思い出すだろう。

おかずのない食卓はつらいからね。

 

 

もしも、"たたかい"の最中に彼が倒れてわたしの元に帰ってこなかったとしても
わたしは変わらず、彼の教えてくれた方法で煮物をつくったり魚をさばいたりして食べるだろうな。

 

 

相手に生活に密着した知恵を授けると一生覚えていてもらえるみたい。ナニコレ、すごい!!

 

 

付き合った男に花の名前を教えとくと、それが咲く度に思い出してもらえるよ。いぇーい。

的な話があるけど、本当それ。

 

 

わたしはかなめさんのせいで道端の草の名前をかなり覚えた。

食えるか食えないかもセットで。

 

 

恋人に忘れられたくないメンヘラ女子のみなさんは道端の草の名前を図鑑で調べて彼氏に日夜教え込んだらいかがだろうか?

鬼のようにLINEや電話をしたって既読スルーされるだけなのだったら、日常の中に自分をぐさぐさ刺しておいたらいいのだ。

 

 

煮物の作り方や魚のさばき方なんかは自分が生きる力にもなる。

生きる力は自分を守ってくれる。

着物を着ることのハードルが案外低かった

 

わたしは昔から着物が好きでことあるごとに着物を着ていた。

実家に着物はあったし母親が着付けをしてくれたので着ることができていた。

 

 

東京で一人暮らしを始めてから、そろそろ一人で着付けができるようになりたいななんて思っていた。

 

でも、着付け教室とか敷居が高そうだし、いくらかかるかわからんしなぁって尻込みしていた。

 

そんな時に、新宿のマルイアネックスで着物のなでしこさんというお店を見つけた。

そこでは、ワンコイン着付け教室というのをやっていて、

1時間のレッスンを4回習えば一人で着物が着られるようになるということだった。

4回通うだけでよくて2000円しかかからないんだ!着物着られるようになるのに!

最高かよって思って、4回通った。

 

結果は最高だった。本当に着られるようになった。もちろん完璧ではないけど

 

必要な道具はとりあえず実家から送ってもらって、

これでわたしは着物を自分で着る能力と必要な道具を得た。

 

 

そして、大胆不敵なわたしは着物を着られるような機会を見つけるとすかさず着物を着て出かけていった。

 

 

最初はめちゃめちゃ時間もかかったし、うまくできなくてもうやだーってなったりもしたけど

着物を着て出かけるとだいたい褒めてもらえるので、着物を着るのは楽しかった。

 

 

自分の気に入った着物もそろそろほしいなーと思いだして街を歩くと、古着の着物屋さんを見つけた。

わたしが最初に行ったのは、たんす屋さん。そこで、売られている着物は想像より全然安かった。

3000円くらいでも1着買えてしまう。

なんだ、洋服買うのと変わんないじゃん。

 

 

なんだ、着物を着るのってそんなに大それたことじゃないんじゃん。って思った。

 

 

初心者が必死に着た感じなので、街中でおばさまなんかに声をかけられて直されることもあったけど、

そういう人たちって、お前みたいな初心者が着物を着るなとか絶対言ってこないし

なるほど、こうすればよかったんやーということを身をもって教えてくれて、頑張って着ててえらいわよって褒めてくれる。

 

初心者なんだし、着たいから着ているのだし胸を張って着てしまえばよいのだ。

着物を着ることのハードルは近付いてみてみるとまったく高くない。

 

 

ここから、奥深い着物の魅力にずぶずぶはまって行くのはまた、別に書こうと思う。