22歳専業主婦の日常

女子大生から専業主婦になったわたしとコメが栽培できる童貞SEの暮らしの記録

アハブの話

気まぐれに顔を出したTCFの聖書研究で、列王記のヨシャパテのあたりを読んだ。わたしは途中から参加したので、ちゃんと読んだのは、

アハブという悪い王様が400人中399人に「戦争行って大丈夫やで」って言われて戦争行ってあっさり死ぬところ。対照的に窮地で「神様、ごめんなさい助けて」って言えたヨシャパテは神様に助けてもらえる。

 

これを読んだ時、

まあアハブが悪い人なのはわかるんだけど、あっさり殺されちゃうのが可哀想でめちゃめちゃ感情移入してしまった。

アハブが主人公じゃないと気付くまで、必死にアハブをどうにか救えないかという意見を展開していた。

 

でも、その後、アハブが悪いってことでアハブの子孫は末代まで可哀想な感じだった。

 

正直、読み終わってもやもやした。アハブが悪い人なのは重々承知だけど、神様残酷過ぎない?って思った。

この箇所読んでも全然「神様すごい!最高!」って思えないのに、なんでこんな話が聖書に乗ってるのかよくわからなかった。

 

 

そんなわけで、ずっとアハブのことは心に引っかかっていて時々思い出していた。

 

そして、ある日気がついた。

私がアハブにめちゃめちゃ感情移入していたのは、たぶん自分がアハブ寄りの人間だからだ。

400人中399人に戦争行って大丈夫って言われたら行っちゃうし、行ったら行ったで死にたくないなーとか思って悪いとは思うけどヨシャパテに王の格好させて逃げちゃう。

アハブの気持ちめちゃめちゃわかる。

だって、大勢の意見に流されちゃうし、神様に委ねて生きるより自分で決めちゃう方が手っ取り早いって思っちゃう。

それで、神のみ心に叶わないから殺しますとか言われても困る。

 

 

でも、さらによくよく考えてみると、この話って「神のみ心に叶わない人はあっさり殺します、さようなら」って話ではない。

だって、24時間365日常に100%神様の御心にかなって生きてますって人なんていないと思う。(いたらごめんなさい)

だいたいは、ヨシャパテみたいに良いことも悪いこともしつつ生きてたり、アハブみたいに神様の御心は無視して生きてたりすると思う。

 

でも、それでいいのだ。人間なのだから。

この話で神様が言いたいのは、

「人生いろいろだよね、わかるよ。まあ、できれば、神様のことも思い出して頼ってくれると助かる。」ってことなんじゃないだろうか。(あくまでわたしの解釈ですが)

 

もし自分で神様が遠くにいるって気がしてても、神様は近くにいる。ヨシャパテみたいに助けを求めたらさっと助けてくれるくらいの距離に。

 

なんでこんな話が聖書に載ってるのかなって思ったけど、聖書って神様すごいでしょ自慢のために書かれた本ではなくて、

悩み苦しみもがきながら、なんとか生きてる人間に寄り添うために書かれた本なのだ。きっと。

 

アハブのおかげで、そんなことに気付けた。