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22歳専業主婦の日常

女子大生から専業主婦になったわたしとコメが栽培できる童貞SEの暮らしの記録

それでもやっぱりアイドルちゃんが憎い。

 

心の落とし所はあるのだけど、やっぱりアイドルちゃんが憎い時がある。

 

 

心が元気な時には、ツイートを見に行く自傷行為なんて大した傷にならないのに

落ち込んでいる時は、すごく傷が付く。むしろ、彼女らに対して殺意すら湧いてくる。

 

 

 

可愛い女の子を基本的には博愛しているわたしとしては、女の子に殺意を向けたくはない。んだけどね。

なかなか、うまくいかない。

 

 

もう、本当にメンヘラやめたい…

 

わたしは理屈っぽくて取り立てて可愛かったりスタイルよかったりもしない頭でっかちの変人。

 

 

年回りはおんなじくらいだけど、可愛いの塊で頑張ってるの塊できらきらしてる彼女らには逆立ちしたって敵わない。

 

彼女らが発信するものはきらきらした部分を切り取ってるのかもしれないけど、わたしには切り取ってもきらきらしてる部分がない。

 

 

劣等感に呑み込まれる!!!!

 

 

仕方ないので、何か、建設的な解決法はないだろうか。考えよう。

 

 

その① 妄想の中で自分もアイドルになって彼女らより上に立つ。

 

 

これは妄想終わって鏡見た瞬間無理すぎて絶望するからすぐ頓挫した。

性格も偏屈だから人に夢とか与えられんしな

 

 

はーい!だめでしたーーーー!

イエエエェェェィ!!!!

 

 

 

 

ってね、ここで終わったら病んでるだけなんですよ。

 

でもね、わたしは転んでもタダでは起きない女なの。

 

 

 

そこで落ち着いて分析してみると、

その①ではわたしはわたしは彼女らとわたしとの関係について

優位か劣位か定義付けて、どうにか自分を優位に立たせて見下すことで自分のアイデンティティを守ろうとしてるという感じだと思う。

 

自分の方がこういう点で優れているからすばらしいと考えることもこれに当てはまりますね。

 

 

ううむ。

 

 

でもね、優位か劣位かっていうのはゆらぐものだと思うの。様々な場面で優と劣はゆらぎあって変わりあってる。

そのあり方を認めて受け入れて、

もやもやするけど、もやもやするのはもやもやするままに

むしろそのもやもやを大事にするべきなのではないかな?

自分を無理やり定義付けなくたって、このもやもやこそがわたしのアイデンティティなのだ。

 

 

今はまだ難しいけど、必死に定義付けたり探したりしなくても、わたしはわたしってあるがままを受け入れられるようになれたらいいな。

 

 

あとね、散々自虐を書いたけど

そうすることで、わたしはわたしを自虐的に書き換えている。のだと思う。

 

こうして、わたしは"わたし"を生きている。

 

 

息苦しくもなるけれど、

それもまるっとわたしなんだー。 しゃーない。しゃーない。って生きるしかない。

 

いまいち自分を認められないし愛せないけど、

苦しいこと辛いことがたくさん襲ってくるけど

 

 

生き続けることは人生が延々と出してくる問いに対する答えらしいので。

 

 

 

 

生きよう。

わたしのもやもやでぐだくだな愛しい日々を。