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22歳専業主婦の日常

女子大生から専業主婦になったわたしとコメが栽培できる童貞SEの暮らしの記録

結婚式という妄想。

せっかくなので、ここらで結婚式について妄想しておこうと思った。

 

結婚という話題になると必ず結婚式の話もするし、よく考える必要があるなと思った。

 

 

ところが、いざ考え始めると

妄想をぶち壊す方向に進んだので妄想はちっとも楽しめなかった。

 

 

友達の結婚式に呼ばれる度に自分の結婚式の妄想をしていた。

こういう式にして、どんな衣装を着て、誰々を呼んでという具合に。

 

 

ところがどっこい、結婚が現実味を帯びてくると、なんか"ゼクシィ的価値観"に漠然とした違和感が湧いてきた。

というか、ゼクシィをきちんと読んでみたら違和感かな。

 

 

というわけで、

この機会に結婚について勉強しようと思い、図書館で結婚というワードに引っかかる書物を借りてきて、読み漁っている。

(私は本から知識を取り入れることを信頼しているのでたまにこういうことをする。)

 

 

はい。

とりあえず手始めにと読んだ、

『結婚の条件』と『結婚の才能』

同じ著者の本なのだが、見事に違和感を言葉にしてくれた。

 

その部分をざっくりまとめると、

多くの女子大生にとって、結婚とは結婚式のことである。

結婚式というショーをすることが結婚のゴールになっている。

それは、なんか違うくない?(結婚式のあとに続く日常生活が結婚なんだけどなぁ…)

 

娘は母親の願望が心の中に住み着いていて、それがあたかも自分の願望のようになっている。

周りのみんな(何人か)がこうしてるから私もこうするのがいいって思いがち。

 

 

みたいな感じ。

 

なるほど。

それな!!!!!!ってなった。

 

 

結婚式って、外箱の部分というか、あくまで通過儀礼だなぁと思った。

確かに、その後の生活の方が比重としては大事だと思う。私はね。

結婚式はしたいけど、ショーはしたくないなぁ…と思った。

 

後ね、結婚するってなったら、親とかがこんな結婚式が理想みたいなことを確実に言ってくると思うんですよ。確実に。

 

でもね、私は親の願望を叶えるためのお人形じゃない!!と反抗期の子供みたいなことを思いまして、自分の望むようにしたいなぁと思うのです。

 

 

一生に一度(予定)のことなのだから、内在化された他者(親、友人)の意思ではなく、自分の意思で決めたいなぁ…なんて、思うのです。

 

 

わがままっぽいけど、

周りが右を向けと言ったら右を向くんじゃなくて、

「右を向け」と言ってるのは誰なのか、右には何があるのかを考えて、どっちを向くかを決められる人に私はなりたいのです。

 

愛する人がいるだけでいいのだ。

ゼミの先生とお話しした。

 

大学を辞めることを話して、これからの暮らしのことを話した。

 

 

先生は、結婚したいと思う人がこの世にいるのならその人と結婚してその人を支えて頼って一緒に生きて行ったらいいという。

それが、最高の生き方だという。

 

 

世の中の、女性の活躍がどうこうという風潮とは真逆のことだけど、言われてみれば確かにそうだ。

 

 

愛する人がこの世にいて、その人と一緒に生きていけたらそれだけで充分だ。何も不足がない。

 

 

「無理して働かなくたっていいのよ。稼いできてくれる人を支えることだって立派な仕事なんだから。」

 

 

それな、としか言えない。

 

 

いわゆる今時の生き方ではないかもしれないけど、

そもそも私はゴリゴリ石を削って石器を作るのを楽しいと思える古代人なので、今時じゃない生き方の方がしっくりくる。

 

 

というか、

2017年を生きているからといって、2017年に"これだ"と言われている生き方をする必要なんて少しもなかった。

てかそれ、誰が言ってるの?

 

よそはよそ、うちはうち。

自分なりに好き勝手な2017年の生き方をしたっていいんだ。

 

 

というわけなので、

照れくさい言い方だけど、愛に生きようと思う。

好きな人に好きだと堂々と言おう。

 

私は直球だけを投げまくる直球勝負師なので、全力で直球をぶん投げよう。

 

 

大学の教授が、大学なんて二の次でいいから結婚して子供産みなさいなんてなかなか言わないだろう。

 

愛に生きて三カ国を渡り歩いて生きてきた人だから言える重みのある言葉だ。

 

 

そうして、ぶん投げてくれたのでがっちり受け止めようと思う。

そんでまた、自分もぶん投げる。

それが、わたしの生き方だ。

 

 

女の幸せとやらをがっちりつかんでやろうじゃないか。

 

 

先生みたいなカッコいい女目指して生きていこうじゃないか。

コンビニ人間を書こうと思えた。

病院の先生に学校を辞めると決めましたと話したら、よく決断したねと言ってくれた。

 

「とりあえず、地元に戻ってコンビニバイトでもしようと思います。」

というと、今のあなたならちょっと気のつく良いコンビニバイトになれるよと言ってくれた。

コンビニで無理ない範囲で働いて、コンビニ人間を書いて芥川賞を取ったらいいよと言われた。

相変わらずおもしろい先生である。

 

 

なるほど、そういう生き方もありだなぁと思えた。

 

大学に行くことがすべてだと思っていたけれど、そんなことはなくて

わたしが生きていける世界はちゃんとあった。

 

 

 

見えなかっただけで、わたしにはまだまだいろんな可能性があってできることがあった。

 

 

もちろん、できないこともたくさんあるけど、

できないことだけを数え上げて絶望していたって仕方がないし

できないことを無理してやらなくたっていいのだ。

できないことはできないままに、ひとりで全部やろうとしないで人の力を借りてみたらいい。

 

 

今までの私は、自分でなんでもかんでも成し遂げるのが至高って思っていたけど、そんなことはハナからできないことだったのだ。

現に今まで自分が一人で成し遂げたと思っていたことは、いろんな人のサポートや支えがあってなんとかなっていたものなのに。わたしはうぬぼれのあまりそのことに気付いていなかった。

 

 

おばかさんめ。

これからは、謙虚に傲慢に生きていこう。

人に支えられて生きていることを感謝しつつ、思い切り頼ろう。

 

 

生きているだけで、花丸満点なのだから。堂々と他生からの縁でそでを擦りあってくれているあなたの恩を受けようと思う。

 

 

その恩は、わたしがあなたのそばで生きることで返すから。

アハブの話

気まぐれに顔を出したTCFの聖書研究で、列王記のヨシャパテのあたりを読んだ。わたしは途中から参加したので、ちゃんと読んだのは、

アハブという悪い王様が400人中399人に「戦争行って大丈夫やで」って言われて戦争行ってあっさり死ぬところ。対照的に窮地で「神様、ごめんなさい助けて」って言えたヨシャパテは神様に助けてもらえる。

 

これを読んだ時、

まあアハブが悪い人なのはわかるんだけど、あっさり殺されちゃうのが可哀想でめちゃめちゃ感情移入してしまった。

アハブが主人公じゃないと気付くまで、必死にアハブをどうにか救えないかという意見を展開していた。

 

でも、その後、アハブが悪いってことでアハブの子孫は末代まで可哀想な感じだった。

 

正直、読み終わってもやもやした。アハブが悪い人なのは重々承知だけど、神様残酷過ぎない?って思った。

この箇所読んでも全然「神様すごい!最高!」って思えないのに、なんでこんな話が聖書に乗ってるのかよくわからなかった。

 

 

そんなわけで、ずっとアハブのことは心に引っかかっていて時々思い出していた。

 

そして、ある日気がついた。

私がアハブにめちゃめちゃ感情移入していたのは、たぶん自分がアハブ寄りの人間だからだ。

400人中399人に戦争行って大丈夫って言われたら行っちゃうし、行ったら行ったで死にたくないなーとか思って悪いとは思うけどヨシャパテに王の格好させて逃げちゃう。

アハブの気持ちめちゃめちゃわかる。

だって、大勢の意見に流されちゃうし、神様に委ねて生きるより自分で決めちゃう方が手っ取り早いって思っちゃう。

それで、神のみ心に叶わないから殺しますとか言われても困る。

 

 

でも、さらによくよく考えてみると、この話って「神のみ心に叶わない人はあっさり殺します、さようなら」って話ではない。

だって、24時間365日常に100%神様の御心にかなって生きてますって人なんていないと思う。(いたらごめんなさい)

だいたいは、ヨシャパテみたいに良いことも悪いこともしつつ生きてたり、アハブみたいに神様の御心は無視して生きてたりすると思う。

 

でも、それでいいのだ。人間なのだから。

この話で神様が言いたいのは、

「人生いろいろだよね、わかるよ。まあ、できれば、神様のことも思い出して頼ってくれると助かる。」ってことなんじゃないだろうか。(あくまでわたしの解釈ですが)

 

もし自分で神様が遠くにいるって気がしてても、神様は近くにいる。ヨシャパテみたいに助けを求めたらさっと助けてくれるくらいの距離に。

 

なんでこんな話が聖書に載ってるのかなって思ったけど、聖書って神様すごいでしょ自慢のために書かれた本ではなくて、

悩み苦しみもがきながら、なんとか生きてる人間に寄り添うために書かれた本なのだ。きっと。

 

アハブのおかげで、そんなことに気付けた。

 

全裸クッキングとランバダ

最近の私たちのマイブームは全裸クッキング!!

 

 

全裸でパンケーキ焼いたり、煮物作ったりしているよ!

 

パンケーキの作り方って

①服を脱ぎます

だよね?

②は油がはねると危険なので全裸で割烹着を着ますだよ

 

 

 

うん!!!!馬鹿でしかない!!!!

お願い服着て料理して!!!!!

 

 

 

まあ、楽しいんですがね。

そのままランバダとか踊ったりして(全裸)大爆笑して、ノってきたねって言ってインド映画のダンスとか全力で踊ります。

なんて馬鹿な二人でしょう。

馬鹿で最高。

 

 

 

馬鹿みたいなことを全力でやれるから楽しいのです。

 

年の差の割にあまり違和感を感じることがないのは、たぶん同じノリで馬鹿なことをできるからだと思います。

 

 

良くも悪くも、今まで私は普通の人を装って生きてきたような気がします。

馬鹿な行いは極力せずに(にじみ出てるけども)

ちょっと個性的な普通の人みたいに生きようとしていた。

それもいいけど、ずっとやっていると疲れちゃう。

 

 

なんか、今はすごく楽。

必死にどういう人かであろうとする必要がないから。

 

 

ランバダを踊りたいときは踊りたいと言える。

全裸で部屋をうろつきたいときは全裸で動き回れる。

そのまま料理を始めたって、油はねに気をつければ何も言われない。

 

 

おかしいと思われそうな行動を思いっきりやっても笑ってもらえる。

 

 

 

全裸でランバダを踊る女の子ってたぶん可愛くないけど、

全裸でランバダ踊るのをわたしは最高に楽しいと思ってて、

最高に楽しいならそれでいいんじゃないと彼は言うんだろうなと思うので

 

わたしはこれからもたまに全裸で料理してランバダを踊ると思う。

 

彼は一緒にランバダを踊ってくれるでしょう。そして、ノリノリでインド映画のダンスを踊ってくれるんだろうな。

 

 

なんか、それは、最高の日々だと思うのです。

 

 

あ、そうそう。

全裸でフライパンを振ると大事なモノも揺れるらしいのでくれぐれもお気をつけて。

もやもやしていることを書き綴っただけのオナニー文。

彼氏が推しているアイドルグループの一人が水着グラビアで雑誌に載った。

それについて思ったこと。

 

 

アイドルとしても仕事があって、声優さんとしても仕事があるあなたが、

制服からスク水に着替えるグラビア撮影っていう性的に消費してくれと言わんばかりの仕事をする意味がわたしにはわからない。

 

 

本人がスク水を着てみたいということで望んでやった仕事だそうなので、どうこう言う必要もないし、私が勝手にもやもやしているだけのこと。フェミニストおばさんの妄言です。

あくまで書いて自分がすっきりしたいためのオナニー文章。

 

性的に消費されることになることをまったく考えなかったのだろうか。

それは、あまりに考えが足りなすぎないか?

 

 

性的に消費されてもいいと思っているのか…19の女の子が?

なんかもっと、自分の性を大事にしたっていいんじゃないだろうか。

もう十分、可愛さと声の演技で商品として成り立っていて売れているのにわざわざ自分の性を商品にしなくたっていいんじゃないだろうか。

 

 

あなたは十分社会的に地位があって承認されているのに。

これ以上を求めるのかい。

きっと、得るものはたくさんあると思う。でも、失うものだって確実にあるよ。

 

得るものはきっときらきらしていることでしょう。

でも、そのきらきらはそれまでの仕事の中でだって得られるものだと思う。これからいくらだって得られるものだと思う。

 

 

失うものは小さいけれど、もう取り戻せないものなんじゃないかなと、わたしは考えてしまう。

 

 

 

自分の性を売り物にしたら何ががすり減る。なんてことを言う人がいて、それを信じる人がいる。

 

ただ、それだけの話。

 

最近タイムスリップが激しいと思っていたら

最近、引越しに備えて彼の家から荷物を減らしているのだが、

手持ちの鞄に衣服をつめていたら、ゲシュタポに逃亡を勘付かれてしまうから、アンネフランク方式でなるたけ服を重ね着して運ばなければならないと思ってしまっていて、

めっっちゃ重ね着して電車に乗った挙句暖房で死にそうになっている。

(ここで思い出したんだけど、ユダヤ人電車乗ること禁じられてるから電車乗ったらだめだわ)

 

そんなこんなで最近大戦下のユダヤ人になっていたのだが、

 

今度は、石器時代に行ってしまった。

 

ネアンデルタール人を見習って、硬い石で柔らかい石を削って、油に灯芯を立てて使うランプの製作に乗り出した。

 

削り出したくぼみにサラダ油を溜めてティッシュをよじった灯芯にコンロの火をつけると見事なランプになった。

(たまたま彼と電話で話していた友人の方は我が家に文明の火がもたらされる瞬間を実況中継されたわけだが、

「コイツらは一体なにを目指しているのだ?」と思っているのをひしひしと感じたよ)

 

まあ、いいや。

古代つながりなのだが、

 

古代においては食料の確保や外敵からの防御に男手を必要としていた。

という記述を

『月経のはなしー歴史、行動、メカニズム』

という本の中で見つけた。

 

 

 

わたしが彼氏に求めていることまさにこれでは!?彼氏が最高である点まさにここに集約されるのでは!?!?

 

 

まず、彼氏は野菜とかコメとか作れるから食料の確保やってくれるじゃん?

狩猟や釣りにも挑戦したいらしいし、ニワトリの締め方とかも真剣に調べてるからタンパク源も確保できるし

ほら、食料の確保できた。

 

 

で、あとは外敵からの防御だけど、それはわたしが服装から変えて防御力上げていこうとか言って"てき"との"たたかい"に常に備えさせてるじゃん!

http://bonbowaa21.hatenablog.com/entry/2016/12/19/151140

http://bonbowaa21.hatenablog.com/entry/2016/12/19/180612

 

ほら、古代の人も外敵との戦いに備えてるし、やっぱり備えは大切。

 

 

 

 

うん。今、古代じゃなくて、

現代なんだけどね!!!!

 

 

とりあえず、彼氏が古代におけるめちゃモテパーソンなのはわかった。

 

でも、たぶん、それに魅力を感じる私も古代人。

 

石を削ってるとき、めっちゃ楽しかったし

DNAの中に確実に古代人がいる。

 

DNAが現代に適応できていなくてわたしを古代に引き戻しているのだろうか。